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水着姿でポーズ、大手プロバイダーが女児画像大量提供

具体的な内容はりず氏がまとめて下さっているのでそちらをご紹介します。

チラシの裏(3周目)
ホームは変態新聞から読売メインになったみたいだね

そして法律的な立場から意見を述べて下さっているRion氏をご紹介しておきます。

閑寂な草庵 - kanjaku -
児童ポルノとジュニアアイドル

この件に関しまして奥村弁護士も意見を述べています。奥村弁護士のエントリーはりず氏のブログにリンクされていますのでそちらからお願いします。

さて、ご紹介した皆様が問題点を追求して頂いたおかげで当方はなにも語ることがなくなってしまったわけですが(笑)

とりあえずRion氏や奥村弁護士が仰っているような方向に法律がならないのは、ひとえにECPAT東京や日本ユニセフのおかげです。特にECPATは創作物だけでなく声まで規制しようとしているのであり、全く持って見当違いの方向に進んでいるとしか思えません。(日本ユニセフも同様ですが)

そしてそういう目的が分かっているからこそ反対派は過度な規制を反対するのであって、決してジュニアアイドルの水着だけで逮捕はおかしいとかRion氏が仰るようなローアングルで撮ってたとしても水着だからOKとか全ての方が本当に思ってるわけではないはずです。これを段階的な規制だと思っているから、みんな反対してるのだと思います。(児童福祉の精神に悖るといってよいというのは時と場合によっては、たとえば挑発的なポーズ等は仰るとおりだと思います)

ここで提案なのですが、ECPAT東京や日本ユニセフ等を永久に政治的な立場からはずすというのはどうでしょうか?それなら反対派も納得されるかもしれません。(笑)

あと一般論で仰っておられることかと思いますが、あえて申し上げさせて頂きます。

ロリコンに関しての私見(感想?)を述べていらっしゃいますが、児童の裸を見ること=ロリコンが全てではありません。たとえば宮崎駿タイプのロリコンもいらっしゃるわけです。

ロリコンについてコメント
宮崎駿はロリコンですか?(笑)
宮崎駿監督とロリコン

この方たちに共通するのは子供の神格化?(汚されてはいけない存在)です。ですので、このような人達はむしろジュニアアイドルのような存在(行為)を毛嫌いするはずです(ルイス・キャロルも同様なんじゃないかと思います)

こういう意味で仰ったんじゃないことは分かっていますが、あえて言及させて頂きました。ロリコンってすごく広義的な意味で使われていて難しいですね。
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闇の子供たちやユニセフのことを書こう(というか記事やブログをご紹介しよう)かと思っていたのですが、その前に衝撃的なニュースが・・・

信濃毎日新聞
国民新党候補擁立の長野4区 民主党が矢崎氏擁立へ

どうやら民主党がやってくれたようです。当然反応はあるわけで・・・

博士の独り言
民主党が、毎日管理職を「長野4区」に擁立

しかしなぜ民主党はわざわざ攻撃の的になるようなことをしたのでしょうか?うーむ、分かりませんね。民主党は毎日新聞問題を軽く考えすぎではないでしょうか?矢崎氏がどんな街頭演説をするのか今から楽しみです。


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ということで各新聞の反応です。

読売新聞
自民新総裁に麻生氏選出、細田幹事長など党執行部人事決まる
麻生氏、解散より予算!「10・26衆院選」を否定

朝日新聞
3票は麻生氏に 自民総裁選
麻生氏、1回目投票で当選へ 小泉・小池連合も影響なし

産経新聞
【自民総裁選】麻生氏が圧倒 地方票・議員票“独占” 細田氏に幹事長要請
【自民総裁選】早過ぎた「麻生圧勝」 超難関の補正予算

毎日新聞
<自民総裁選>新総裁に麻生太郎氏 1回目の投票で決まる
<自民党総裁選>麻生新総裁の当選あいさつ全文(1)
<自民党総裁選>麻生新総裁の当選あいさつ全文(2止)「選挙に勝って天命果たす」


麻生氏に対する識者の反応です。


植草一秀の『知られざる真実』
小沢一郎民主党代表VS麻生太郎自民党総裁

池田信夫 blog
小沢一郎と大久保利通
これは麻生氏というより小沢氏についてですね。

衆議院議員早川忠孝の一念発起・日々新たなり
衆議院の解散・総選挙の時期は未定

nikaidou.com
自民党総裁選結果

現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ
民主党臨時党大会 小沢一郎 三

以下はこのエントリーとは直接関係ありません。

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※今回も引用部分が主なので、管理人のコメントは緑で表示しています。

教育の崩壊
ごまかしのゆとり教育と裁判員制度

>個人の思想信条を封じるための準備段階として政府が行ったのが、さまざまな個人の嗜好にかかわることの規制である。
それまで個人の嗜好の問題だとされてきたことに対して、国家がどこまで踏み込むことができるか、その試みとして、タバコ規制や飲酒規制がある。

もちろんこれは国家の個人への介入という形ではあらわれず、あくまでも健康上の問題や福祉上の問題、または交通事故の撲滅のためという大義名分をともなっているが、その裏に隠されているのは個人の領域への国家権力の侵入である。

裁判員制度もそのように考えると、なぜ唐突にこのような制度が生まれようとしているのかがわかる。
裁判員に任命されると、個人の仕事や自分のしたいことを犠牲にして、彼らは裁判所に出向かなければならない。仕事を休んでまで裁判員としての仕事を命ぜられる。

『司法に国民を参加させる制度を有している国の大部分は、徴兵制を有している』のです。

禁煙と禁酒法

>理想主義というのは強者の論理で、理想を求めるには人間としての強さが必要であることは言うまでもないが、本当に非の打ちどころのない人間がひとりでも存在したことがあるかということを、もう一度よく考えてみる必要がある。極端な理想主義は、それが理想主義であるだけに非の打ち所がなく、文句のつけようがない。悪いことを悪いというのは確かに正しいことではあるが、世の中には悪いことを悪いと知っていても、それをしてしまう人間が必ず存在するのである。いや、正しくは、正しいことだけし続ける人間の方がむしろ例外なのである。

確かに迷惑をかけない社会というものは、理想的な社会ではあろう。
しかし、歴史の中で存在した社会というものは、逆にお互いに迷惑をかけ合うことによって成立していたというのが共同体の真実に近い。日本の農村の『ゆい』とか『もやい』とかいうものは、塩がなかったり、醤油がなかったり、味噌がなかったりしたときに、違いに迷惑をかけ合いながら、それを譲り合う精神を育んできたのであった。

中略

>人間が生きていく以上、必ず息をして二酸化炭素を排出する。つまり空気を汚していくわけである。もし人間が二酸化炭素を出さないようになれば、それは困ったことである。それは死んだということである。もし自分の出す二酸化炭素の存在が許せないという思想にとりつかれれば、人は死ぬしかない。
また現代社会では、車に乗ったことのない人間など存在しない。車の排気ガスは人間の出す二酸化炭素の比ではない。もし車が排気ガスを出すという理由から利用禁止になれば、現代社会は存続できない。
酒を飲んで憂さを晴らせば、必ず誰かが迷惑をする。しかし酒が飲めない社会は困ったものである。

ファシズムはヒトラーをだけのものではない。1920年代のアメリカは酒を飲んだらいけないという法律をつくり出し、社会全体を混乱させた。有名なアメリカの『禁酒法』時代である。その結果、はびこったのはアル・カポネのような暗黒街のギャングである。アメリカ社会はその後遺症に今でも苦しんでいる。アメリカのマフィアである。
酒は現代社会に特徴的なものではない。人間の歴史始まって以来、ずっと飲まれ続けてきたものであって、それは時代と地域を問わない。

中略

>車の排気ガスだけではない。現代社会は、工場排水の垂れ流し、悪臭、煤煙、空気の汚染、騒音ゴミ問題、など数えあげれば、キリがないほどの環境汚染のただ中にある。体に悪いものをすべてなくそうとすれば、真っ先ににしなければならないことは、その様な近代文明の破壊である。
喫煙者が出す煙の量と、近代工場から出る煙の量を食べ、どちらが本当に環境に対して悪影響があるのか。影響の少ないものを禁止するのであれば、それ以上の悪影響の悪者はすべて禁止されなければならないはずである。
女性の化粧の匂いや香水の匂いだって、嫌なときにはとことんイヤなものである。

人間社会の中から危険なものをすべて排除しようとすれば、人は家の中から一歩も外へ出られなくなる。しかしそれでも本当に安全なのかといえば、火事が起こるかもしれないし、地震に襲われるかもしれない。もっとひどい場合、空から飛行機が落ちてくるかもしれない。そのような危険性は人が生きていく上で、無くなることはないのである。

しかも人間は必ずどこかで、息を抜かねば生きられないものである。何時いかなる時も決して息を抜かない人とつきあうことほど、窮屈なことはない。

生きとし生けるものを大切にしようとする思想は、確かに立派な思想である。しかしそれを徹底的に突き詰めた社会というのは、恐ろしいほどに歪んだ社会であった。そのような時代は日本にもあった。徳川綱吉の『生類憐れみの令』である。すべての野犬を大切に扱うことなど不可能なのであり、それと同様にいくら『酒は体に悪い』といっても、必ず酒を飲む人はいるのである。いくらタバコを吸うなといっても、吸う人間は必ずいる。そんなことまで人間を縛ってしまえば、人間は神様になるしかない。恐ろしいまでの性善説である。

いかにも肉食社会の西洋思想が、『イルカを殺すな』『動物愛護だ』と言ったのと似ている。

酒もタバコも、私は一種の文化であると思う。
人間が神様に近づこうとすることと、人間が神様であることとは違う。
人間の最高の知恵は、神様になれない自分の精神的なストレスを、自分で処理する方法を身につけたことであると思う。酒とタバコはそのことと深く関係している。そのことを全く配慮していない健康第一主義は、健康ファシズムである。これほど健康にとって有害な思想はない。社会の健全さは、そんなところにありはしないのである。

法律なのか? 教育基本法改正案

>『教育は、法律の定めるところにより行われる』(第16条)

という今までになかった文言が追加されている。

このような規定を入れたからには、
『法律に定められたことをやればよい』ということであって、

逆に言えばそれは
『法律に定められたこと以外はやらなくてよい』ということにもなる。

そう思うことが正しいかどうかではなく、法律とは本来そういうものだということを言いたいのである。
法律とは一種の契約であり、契約を結んだからには、そこに強制力が働く。しかしその契約に書かれていないことは、法的強制力が働かない。


本当にそれで良いのなら私は何も言わないが、
自民党自身どうもそうは思っていないところが、何ともいい加減なところである。

>現法では、『教員は自己の使命を自覚し』(第6条)となっているところが、
改正では、『教員は自己の崇高な使命を深く自覚し』(第9条)と強められた表現になっており、
このことは教員のさらなる自発的指導を強制しているようにも見える。

しかしそれにもかかわらず、
1.『教員は、全体の奉仕者であって』(第6条)
2.『教育は、国民全体に対し直接に責任を負う』(第10条)という、
教師の使命感の根底を支える条文が削除されているのである。

『理念なくして、強制あり』、『論理なくして、強制あり』である。

こんなことで人が動くのだろうか。
動くとすれば、子供と直接向かい合った人ではなく、どこかもっと上を向いている人たちだけではなかろうか。

中略

>ならば教師の使命感とはどこで養成されるのか。
それは子供との接しあいを通じてである。
そして子供と接するなかで、自らの裁量権を発揮し、結びつきを深めていくなかで、徐々に徐々に、教師としての使命感なるものが養われていくのである。

それを『法律に従え、反対はするな、勝手なことはするな』、
そういうふうに、教師の裁量権が奪われるなかで、
なぜ『教師の使命感』のみが当たり前のごとく育っていくのか、
そこが全くわからない。

教師も人間である。
人間的な心を奪われた人間がどうして、『崇高な使命感』という最も人間的なものを持つことができるのだろうか。

この法律案がまずおかしいのは、
『法律に従え』と法律による教育統制を前面に打ち出しながらしながら、
『崇高な使命感』というおよそ法律的でないものを鼓舞しようとする、
その法律としての整合性の欠如である。

法律で規制するということは、規制されない範囲を「正当化」するという側面をもっています。ですからなんでも法律で規制すれば良いというわけではありません。児童ポルノ法案がなぜ欠陥法案だと言われるのでしょうか?それは「嗜好」というものを規制してしまったがために、この定義に当てはまらないものが「正当化」されてしまい、さらに「子供を救う」内容ではないために、定義にあてはまらない被害を伴った嗜好が「正当化」されているからです。これって本末転倒だと思いませんか?

法律で規制することを推進している国会議員や国民はこのことを肝に銘じておかなければいけません。法律ですべての善悪を判断するのであれば、教育を学んでいる意味がありません。なにか問題がおこれば法律で規制すればいいという思考が正当化した場合、それは民主主義の崩壊を意味することだと言わなければいけなくなるでしょう。



その他の読んでおきたい記事

民主主義

小泉はアメリカ経済が大好き

ジェンダーフリーと男女混合名簿

フェミニズムと被害者意識


※なお管理人はリンク先の記事に対してすべての意見に賛同しているわけではないことを、あらかじめお断りさせて頂きます。
雑種路線でいこう
日本でNPOって難しいと思うんだよね

>。日本って主義主張をアピールするためのNPOは数多あるけれど、地道に活動しているところが少ない。ここ10年でだいぶ増えた気はするけど、欧米と比べると非常に少ない。例えば児童ポルノを例にすると、厳格化へ向けて政治に働きかけるNPOがあっても、地道に違法画像をネット上で削除しようとはしない、みたいな。

なにがあやしいのかといいますと、楠氏が仰ってるような事をせずに、法律で規制することを最優先とするその行動にあります。法律で規制すると自分たちの思想が形となって現れます。布教活動と同じかそれ以上の効果が現れるわけです。思想を広めることが目的ならば、子供はその目的に到達する為の手段でしかありません。その証拠に映画「闇の子供たち」を支援しているのはユニセフだけです。なぜユニセフだけが支援しているのか?ユニセフは「法律で規制すること」が目的なのであって、「子供を守る」ことが目的ではないからです。映画の内容と日本ユニセフの署名の内容が全く違うのはこのことを皮肉にも証明しています。日本ユニセフが恐ろしいのは「法律は思想」だと勘違いをしている所にあります。
コデラのブログ
結局社会は「イヤなことを言わないヤツ」で回るのではないかという仮説

文章をよく読んでみると、小寺氏の体験と思いに基づいて書かれているのが良く分かります。とりあえず「イヤなこと言うやつ」の解釈は人それぞれというツッコミはとりあえずおいといて、気になったのは次の一文です。

>一方インターネットのパワーというのは、実際に会うことが難しい、とても優秀な人と関わりが持てるということである。そういう優秀な人は、いちいちイヤなことを言ってこない。だから人が集まってくるし、結果としてその人は加速度的にすごいことをやってのけられる。

え?そうなの?っていうのが正直な感想です。優秀な人はいちいちイヤなことを言ってこないから関わるというのはかなり人間がさびしいような気がしませんか?

たとえば私にとって優秀な人はいっぱいいらっしゃるわけですが、イヤなこと言ってこないから関わるなんてことは全く思ったことはないですし、むしろ色々教わりたいために関わりたいという思いが強いです。やはり色々みなさん考えが違うわけですから、それを知るだけでもおもしろいのですね。うーむ。イヤなことって誹謗、中傷の類なんですかね?しかしどんな言葉使いであれ、筋が通っていれば誹謗、中傷にはあたりませんしね。(と私は認識しています)
これは他のみなさまにも同じような事が言えるのではないかと思うのですけどね。

なにかこの一点だけはさらにネガティブ思考になっているような気がします。それにしてもこのようなエントリーをあげるってことは小寺さん相当お疲れですね。でもこういう気持ちはよく分かります(このエントリー全体に対して)

で例によってはてなブックマークされているわけですが(^^;

はてなブックマーク
結局社会は「イヤなことを言わないヤツ」で回るのではないかという仮説 - コデラノブログ 3

この、はてなブックマークという2ちゃんねるのようなコメント(ちょっと言いすぎですか)に耐えられるかどうかが決め手となりそうですね。




ちなみに鳥山さんは私にとって尊敬できる人です。ほんとにあの方はすごいです。
名も無き市民の会
(*重要*)「休会のお知らせ」撤回と、組織再編のお知らせ
大半の方が知っていらっしゃるかと思いますが、一時は休会を宣言していた名も無き市民の会が組織再編という形で存続することが決定されたようです。時期が時期なだけに本当に良かったと思いますね。
ちょくちょく覗かせていただいてたのですが、どうも休会の原因というのが私の推測通りならとんでもないことだったみたいで。もしあれが原因だったのだとしたら、私はその誹謗、中傷者(批判じゃないですよ)に対して怒りを覚えます。

代表とはお会いしたこともネット上でお話したこともありませんが、ほんとに良い人なんでしょうね。休会の宣言を見て特にそう思いました。

憲政会
「名も無き市民の会」の今後

どうやら「複数人幹事制」という形をとられるみたいで、そのお一人が上記リンク先の管理人、藤原氏のようですね。結果的に「複数人幹事制」の形をとられることはよかったんじゃないかと思います。なぜなら、失礼を承知で申し上げるならば、藤原氏のほうが私の印象として先の代表よりうたれ強さは上なんじゃないかと思っています。やはりそれだけ団体の代表というのは負担が大きいので、「複数人幹事制」というのはベストな選択だと客観的に見てそう思いました。

カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記
「選挙」と「署名」の使い方/戦術…自民党新人候補を

署名の活用法や紹介議員の見つけ方等レクチャーして下さっています。なにもできないのが悔しいと思ってる方や、なにか行動を起こしたい方等は参考にされるといいでしょう。ただ、やらなければいけないと断定されると強迫観念に駆られるので、自分のペースでやっていけばいいのではないでしょうか? ただ確かに状況はそんなこと言ってられないのではありますが・・・
松浦議員のブログから「あきたこまち」パッケージの仕掛人のご紹介がされていました。

松浦大悟 公式ウェブサイト
JAうご「あきたこまち」パッケージの仕掛人、山内貴範さんのブログです

そしてご紹介されていたブログがこちらです。

かがり美少女イラストコンテスト実行委員会のページ
羽後町の一連の企画のコンセプトについて

なにやらこのパッケージ絵が「オタクにしか受けない」とか、「これを喜ぶのは大きなお友達だけだ」とか言われていたみたいなのですが、山内氏がこれについて見解を述べています。

>どうも、「マスコミはオタクを偏見的に見ている」と批判する人ほど、実はマスコミが伝える「オタクと一般人の共存はありえない」「美少女イラストはオタク以外には受けない」というイメージを鵜呑みにしているように感じます。となると、一般の人に会っても「どうせ自分をこの人は理解してくれないんだろうなあ」と思って話をするでしょうから、うまく打ちとけられないのも当たり前です。
私は前述のとおり、「美少女イラストは一般の人にも絶対に受ける」と思っているので、行動パターンが違ってくるんだと思います。

そもそも、オタクの人たちが思うほど、一般の方々は美少女イラストに対する知識はありません。そして、知識がない人ほど「かわいい」と言ってくれます。ピュアな目で見れば、これほど喜ばれるものも珍しいです。
だいたい、一般の人は美少女イラストと少女マンガのイラストの区別なんてつきませんし、それがつく人は立派な「オタク」といえるでしょう。私は建築好きで、神社や寺を見ただけでこれはいつごろに建てられたのかほぼわかります。例えば法隆寺と東寺の五重塔は建立された年代も様式もまったく違いますが、大抵の人はどっちも同じような塔でそんな大差があるように思わないはずです。それと同じことです。
美少女イラストに批判的なのは、テレビでいわゆる偏見報道を見たりしてオタク文化に知識がある人、そしてオタクの人たち自身なのではないでしょうか。オタクの人たちにも、思い込みによって、自らの活動範囲を狭めている人がどれだけ多いことでしょうか。

「オタクと一般人の共存」を訴えている人は多いようですが、そんなことは全然難しくないのです。要はやり方をどうするか。たったそれだけで全然見方が変わってくるのです。
初対面の人との飲み会で趣味の話を延々とされては相手が引くのは当然ですし、一部のオタクの秋葉原の路上パフォーマンスのように、明らかに奇異に見られる行動をやっていては「キモイ」と見られるのも当然です。少し工夫をしてみるだけで、簡単に共存はできます。


これはすごく核心を突いているのだと思います。そう、これはいわゆる「先入観」の問題です。「先入観」がなければ、偏見として捉えることはできません。今回の場合、こういった萌え絵?と西又葵氏という絵描きさんが携わったおかげで、「この作家がどんなものに関わってるか知っていたらパッケージ絵には採用しないはずだ」といったコメントを残されている方がいましたが、それこそ自分はオタクである(世間一般でいう)ことを証明しているようなものです。当然ながら西又葵氏がどんな人物であるかを知らない人にはどうでも良いことなのです。

先入観が入るパターンとしては、次のようなものが挙げられます。

1、マスコミの報道、あるいは世間体。
2、いわゆる業界人。
3、消費者
4、こういった趣味があることで奇異な目で見られてきた。いわゆる被害者。

咄嗟におもいつかなかったのでこのような表現になってしまいましたが、このような例で先入観が生まれてくるのではないかと思います。

さてここで問題ですが、なぜこのエントリーが児童買春、ポルノ法の危険性のカテゴリーに入っているのかお分かりでしょうか?

そうです。実は児童ポルノ法規制推進派にもこれと全く同じことが見事にあてはまるからです。つまり

1、マスコミの報道、あるいは世間体。(これは議員さんに多いですね。)
2、いわゆる業界人w(加害者)
3、消費者w(需要第一人者)
4、実際に虐待された(被害者)

たとえば、たかだか児童の裸なんぞで(虐待ではない)うろたえる規制推進派の行動は「先入観」や興味がない人や、なにかのトラウマがない人にとっては奇異に映ります。当然です。「先入観」や興味がない人にとってはどうしてうろたえているのかがさっぱり分からないからです。しかし規制推進派はそれを虐待だと言います。そう、これこそが、「先入観」や「体験」なのです。それを虐待だと一方的に感じてしまうその思考回路が実は加害者だったり被害者だったりするのです。その場面に遭遇した時に
フラッシュバックが生じるのです。

更に決定的なのは、児童ポルノ法が小児性愛者を捕まえるような法律になっていることです。「性欲を興奮させ又は刺激するもの」といった文言が含まれているのはご存知の通りですが、なぜこのような構成要件をいれてくるのでしょうか?さらに単純所持では「性的好奇心を満たす」とあります。

これはさすがに言い逃れはできません。つまり、小児性愛者の性癖が理解できるということは自らも小児性愛者だからです。(あるいは被害者)これは別に議員さんのことを言っているのではありません。これらのロビー活動を行っている団体に対して言っているのです。

もし性癖が理解できないのであれば、構成要件を第三者の視点ではっきりと確認できる条文になっているはずです。

準児童ポルノ等という造語を作ってくるのもこの為です。団体の目にはそれが虐待でしか映らないのです。



「あきたこまち」の話題に戻らせて頂いて、なにやらスティックポスターが現地で売っているみたいなので、良かったら記念にどうですか?

羽後町追加情報

「端縫屋」のホームページ



※よく考えてみましたら自分で体験したことを先入観とは言いませんね。まあ体験ってことで。


※この続きはこのエントリーの趣旨に合わないものですので閲覧をオススメできません。それでもよろしいという方はどうぞ続きをご覧下さい。

続きを読む »
※今回は引用部分が9割を占めるので、管理人(mudan)の発言は緑色にさせて頂きました。

全力で言論弾圧のネット規制を排除せよ!国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」

>全力で言論弾圧のネット規制を排除せよ!

おそらく、史上最大の決戦となる。
「小泉と亡国の人物」が「復活」しようとしている。

いうまでもなく、ネット規制を中心とした言論弾圧の動きと連動している
小泉バイコクド新党の結成である。

中略

<亡国の人物の発案のネット言論規制>
>まず、分析をしたい。
○今、亡国の人物が、一番やりたいのはネット規制である。
○なぜかというと、彼は、「もう一度首相職を牛耳る立場」につこうと思っている。
○そのため、小泉を「再登板」させようとしている。
○そのため、5月の連休明けから、配信されるのが「CHANGE」という
キムタク総理(略称キム総理)主演のプロパガンダドラマである。

このキム総理は、教師という役目で、亡国の人物であるやり手の側近と
組んで総理になるというシナリオである。
初めて、小泉にあったときに、「なんてどこか田舎の教師か牧師のような感じで
底なしにだませそうな」と思ったというエピソードがあるが、おそらく
そこから「田舎の教師」という配役になったのだろう。

過去のレ○○事件揉み消しはきちんと扱うのだろうか?

○国民をだますには、「無知にしておくこと」が大事である。

○そのため、ネットで「真相を知らせる」ようなサイトは「亡国の人物にとって有害」である。りそな銀行インサイダー取引など明るみにでれば
下手すると逮捕されてしまうため、亡国の人物は「言論の自由」を撲滅しないと
恐怖心でいっぱいで必死である。

○しかし、あからさまに「ネット規制」を打ち出すのは、ネットでたたかれて知られてしまうので、最初は、「児童ポルノ」規制という「誰も反対できない」テーマで
推し進める。ここで大事なのは、「児童ポルノ」規制に限定するという
ふれこみで一部規制を導入することである。
例(過去に「郵政米英化」をしたときもまず最初に「公社化」してから
次に突然「米英化」を行っている) 野中という政治家は、公社化で
手を打てると思って、公社化のときに尽力している。
ところがあとで突然小泉陣営に裏切られて、郵政米英化にされてしまった。
「このままじゃ国が滅びる」と言い出して辞任してしまった。

中略

>ネット規制の要点は、ある「問題のあるテーマ」について
政府が「フィルター規制」をできるという点にある。
つまり「見えなくしてしまう」ということだ。

この「政府が関与して「有害」としたものを見れなくする」
仕組みさえ導入してしまえば
あとは、「児童ポルノ」から「枠を広げるだけ」である。
もともと、この「有害」の定義を政府が決めようとしていた。
これに批判が多かったので、第三者機関に「有害」の定義を決めさせよう
とする報道が
なされたが、すぐに、また「児童ポルノに限定して、規制をする」
ことを義務付けると変わった。

大体、よく考えてみてもらいたい。

この無責任な小泉陣営がこれだけしゃかりきになって「児童ポルノ」規制に
躍起となる理由を。

彼らは、児童の保護なんかに何の興味ももたない。

学校教育に入り込んで、カウンセラーやそれと
つながっている精神科医に診させて、「覚せい剤に類似した精神医薬リタリンを
ADHDの治療薬だ」などといってとらせるなんてことをしてきた。
児童がどんどんおかしくなっているのはこのためである。

児童ポルノを口実にした規制は、「自由な言論の規制」につなげるためである。

中略

<一般に知られていない「閲覧制限」の情報操作その1>

○私のこのメルマガもリンク数が2000以上はあると思われるが
米国政府の強い影響を受けるGOOGLEでのリンク数は
以前調べたところ、28リンクぐらいしかリンク数を認識しないように
「人為的に」不自然に設定されていた。
(リンク数が低いと検索にかからないようになる)

とにかく、このネットという世界では、真相を
閲覧させないためにさまざまに、検索エンジンではヒットされないように
細工したりする。

※mudanの独り言
最近の事例では毎日新聞


<一般に知られていない「閲覧制限」の情報操作その2>
逆にこのメルマガを誹謗中傷しているような批判的なサイトは、
妙に架空のリンク数を大幅に増やされて
ヒットするようにされていたりするのだ。

もっともこれだけすごい情報操作が行われているのは、
私のように「そういう情報操作被害の当事者」ぐらいにならないと
わからない。実感できない。

それだけ、「政府筋」と思われる勢力が加担すると「大規模に巧妙な妨害」を
受けるのである。

哘清悦ブログ
児童ポルノ規制の真の狙いは、ネット規制による言論弾圧

>クリックやダウンロードを処罰する前に、児童ポルノ画像の「提供者」を警察は取り締まるべきである。提供者を野放しにしておくのも論外だが、

警察や権力を持った者が直接あるいは間接的に提供しているようでは、暴力団やマフィア以上に悪質だ。

児童ポルノと言ってもほとんどは女子だと思うが、そもそも、「画像提供者はその画像や映像をどのようにして撮ったのか?」という事を考えなくてはならない。

他人の子供を誘拐して行えば事件となり警察が動くので、警察に騒がれずに児童を裸に出来るのは身内の大人以外にない。それが父親である場合が一番多いと思うが、経済的に依存している関係から、児童が警察や児童相談所に相談する事は難しい。母親に相談し解決できればいい方だと思う。父親からの報復を恐れて母親にさえ相談できない子の方が多いのではないかと思う。児童虐待も、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待とあるが、性的虐待は特に見えにくいと思う。
 番組で幼い頃、伯父(か叔父)さんに裸の写真を撮られたという20代の女性が、インターネットでその写真が広まっていて、自分が知っている人も見ているのではないかと思うと不安でたまらないと話していた。やはりダウンロードした人よりもその写真をインターネットで掲載した人を取り締まるべきであり、入手ルートを辿り、過去に犯した犯罪を明らかにし処罰すべきである。

それを行わずあるいは野放しにしダウンロードした方をだけを取り締まるとすれば、そこに政治的意図を見出さなくてはならない。

植草一秀の『知られざる真実』
民主・公明代表選の「マスゴミ」報道
一斉に民主党攻撃を開始した「御用マスゴミ」
「リアリズムなき正論」は存在しない

>民主党の代表選挙について、与党議員とテレビの御用キャスター、御用コメンテーターが声をそろえて「民主党は政権担当能力を示すために開かれた代表選挙を実施すべきだ」と発言する。正しい政治行動とは何かなどの高尚な美辞麗句を並べる。
しかし、彼らが懸命に擁護する与党が正しい政治行動を示しているとは到底考えられない。参議院の問責決議を無視し、参議院の決定を衆議院の多数で踏みにじることを繰り返す。選挙公約を破っても、「選挙なので言葉を縮めた」と開き直る。

彼らはこうした与党の行動を糾弾しない。日本の言論空間、マスメディアの堕落には目を覆うばかりである。

御用マスゴミNHKの増税推進番組

>NHKの番組制作に政府の意向が強く反映されていることは明白だ。NHKの政治番組である「日曜討論」も典型的な偏向番組である。私は同番組に15回近く出演していると思うが、NHKは出演者構成によって番組内容をコントロールする。また、政府側出席者の意向に沿って出演者が選定されることが多いと考えられる。「政治から独立した番組」ではなく、「政治に支配された番組」であることを視聴者は認識して視聴することが必要だ。

ただし、「政治に支配されていることを隠ぺい」するため、必ず反対論を主張する論者を出演させる。政府側が攻撃される状況下では、「弱い」論者しか登場させない。番組偏向の基本手段は人数構成の操作だ。人数構成を2対1、あるいは3対1にすれば、論議は必ず一方向に傾く。政府側が厳しい状況にあるときは、そのうえで、反対論者に「弱い」論客を起用するのだ。

テーブルに囲まれた中央にランプがあり、発言開始から1分経過するとランプが点滅し、1分15秒で点灯されたままになる。1回の発言は1分以内とされるが、司会者は政府側出席者には時間超過を認めることが多い。

「御用マスゴミ」NHKの偏向報道

>「政治からの独立性」という「放送の公共性」が確保されなくなった原因は、1952年の電波監理委員会廃止立法にある。この立法を実行したのが、麻生太郎氏の祖父にあたる吉田茂首相である。第2次大戦直後、GHQは日本の放送民主化のために「放送委員会」を設置した。「放送委員会」は1947年に「放送委員会法案要綱」を策定して、政府から独立した機関としての「放送委員会」を特殊法人として改めて設立する提案を行った。放送委員会がNHK会長を推挙し、周波数の割り当ての任務を行うこととされた。

ところが、東西冷戦が勃発し、GHQの統治方針が全面的に転換した。電波配分の権限は電波監理委員会に移され、さらに1952年の立法により、郵政省に回収され、「政治からの独立性」が維持されない構図が作られた。

今まで記事を引用してまいりましたが、この癒着っぷりはすさまじいものがありますね。もちろん信用するのは人それぞれですが、児ポ法や創作物(主にマンガやアニメ)に関わる人々の偏向報道を間近で見ているものとしては、信ずるに値する内容だと思います。


その他の読んでおきたい記事

小泉再登板という予兆(オーメン)国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」

植草一秀の『知られざる真実』
警察・検察の「裁量」と「天下り」

>企業が摘発されるとき、当事者が「逮捕」されるか「在宅」で書類送検されるのかとの間には天と地の開きがある。拙著に紹介した2004年3月26日の森ビル・六本木ヒルズで起きた6歳男児の回転ドア死亡事件。六本木ヒルズの回転ドアでは2003年4月から2004年2月までに32件の事故が発生していたことが明らかにされた。森ビル側の管理責任は極めて重大だった。

森ビルの役員ら3名と回転ドアの販売元「三和タジマ」の役員ら3名の計6名が書類送検されたが「逮捕」されなかった。森ビル社長の森稔氏も責任を問われなかった。

船場吉兆の湯木正徳前社長らは書類送検されたが逮捕されていない。しかし、北海道「ミートホープ」、秋田「比内鶏」の社長は逮捕された。「詐欺罪」容疑が逮捕の根拠かも知れないが、「不正競争防止法」と刑法の「詐欺罪」適用の区分は「裁量」による。

警察、検察行政の「裁量権」がいかに重大であるかを考える必要がある。私は面識のあった森ビルの森稔社長から「小泉政権を批判するな」と強く要請された。

中略

>日本国憲法が定めた「法の下の平等」を考察する際、警察官僚の民間企業への「天下り」と刑事事件捜査における「裁量」との関係を全面的に洗い直す必要がある。

すべての省庁が「天下り」全面禁止に猛反対すると予想されるが、警察の「天下り根絶」反対への動きも熾烈を極めることが予想される。これまで指摘されることが少なかったが、「警察捜査と天下りの因果関係」は徹底究明されなければならない重大テーマである。

「敵を欺くにはまず味方を欺く」手法に警戒すべし

>テレビ番組は最も効率の良い世論操作のツールである。全国ネット放送の視聴率1%は約100万人の国民が情報を受け取ることを意味するといわれている。1000人の聴衆を集めた演説を1000回行って達成される情報伝達がテレビ番組を使えば1%の視聴率で達成されてしまう。20%となれば2000万人だ。その効果は想像を絶する。テレビ番組は世論操作の最重要ツールである。

人間尊重の政策VS人間性破壊の政策

「偽装CHANGE」VS「真正CHANGE」

>この政府広報は、竹中氏とタレントのテリー伊藤氏を起用したB4サイズ、二つ折り4ページ・フルカラーの「郵政民営化ってそうだったんだ通信」と題する新聞折り込みチラシを作成し、2005年2月20日に全国の約1500万世帯に配布したものだ。

「有限会社スリード」が提示した「郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案)」には、「B層にフォーカスした、徹底したラーニングプロモーションが必要と考える」との総括が示されてあった。

「B層」はグラフによって説明されていた。タテ軸がIQ(知能指数)、ヨコ軸が構造改革への肯定(右)、否定(左)の度合いを示した。下半分のIQの低いゾーンが四角で囲まれ、「小泉政権支持層=B層」と記載された。

内容は、「主婦層&子供を中心」、「シルバー層」で、「具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層、内閣官僚を支持する層」と説明された。

国民をIQで分類し、IQの低い層にターゲットを絞ったPR戦略が実行されていた。国民を侮蔑する世論操作が現職大臣の指揮の下に実行されていた事実を多くの国民が知らずにいる。

「売国政策」を排除しなければならない

>日本を「売国者」から守らなければならない。最も大切なことは誰が売国主義者で誰が国を守る人であるのかを正しく見定めることだ。「売国政策」、「国を守る」の表現を「右翼的」と感じる人がいるかもしれない。

しかし、「国を守る」の意味は「国民を守る」=「国民の幸福実現を目標とする」ことで、右とか左の問題ではない。「売国」は「国民の幸福を犠牲にして外国勢力の利益増大を図る」ことだ。

>中川秀直氏を主軸とする「上げ潮派」は「増税・利上げ・規制強化」に反対している。問題は「利上げ反対・金融緩和維持」の主張だ。

中川氏の近著「官僚国家の崩壊」について、「神州の泉」主宰者の高橋博彦氏が貴重な評論をブログに掲載し、警鐘を鳴らされている。

「インフレ誘導政策」は財政当局の熱望である。拙著『知られざる真実-勾留地にて-』第一章「偽装」6「福井日銀総裁追及の深層」にも記述した。

インフレは債務者に利得を、債権者に損失を与える。所得100万円、借金100万円の個人を考える。物価が10倍になるとこの人の所得は1000万円になる。借金100万円は変わらない。借金の重みは10分の1になる。つまり、借金をしている人は救われ、お金を貸す人、預金者が損をする。

日本一の借金王は日本政府だ。激しいインフレ発生を心から喜ぶのは日本政府だ。このとき、預金者=一般国民、国債保有者は激しい損失に直面する。

日本の超低金利政策を強く求めてきたのは誰か。財務省と米国だ。中川氏の主張もこの文脈に属する。財務省は利払い費を節約でき、また、心の底で激しいインフレを待望している。

米国は日本の低金利のおかげで、赤字をファイナンスできた。米国は巨額の経常収支赤字を続けている。赤字部分を外国資本の流入で賄っている。米国の赤字を埋めてきたのが日本からの資本流入だ。日本の金利が上昇すれば、日本から米国への資本流入が途絶える。

中略

>「上げ潮派」は日本銀行の利上げに反対する。日本の超低金利が円安の最大の背景になってきた。

円安は日本の時価評価を下落させ、購買力を低下させる。外国資本にとっては、日本の実物資産取得が極めて容易になる。日本占領が容易になるのだ。

円安誘導を喜ぶのは日本の輸出製造業だけだ。日本の経済国力は円安に連動して著しく下落した。

橋下徹大阪府知事と上杉鷹山

「決戦の総選挙」必携三箇条

彼(敵)を知らざれば一戦も殆(あや)うし

「茶番の自民党総裁選」解説

地球環境問題の目的外利用を排除すべし

>環境問題での主導権の一角を確保するために、巨大な資金負担を招いている日本政府の対応を反省すべきである。緊縮財政運営が維持されているなかで、環境対策費は聖域扱いされているが、その政府支出が他の重要な政府支出と比べて本当に優先順位が高いのかどうかを詳細に検証しなければならない。

新聞各紙を見ても、環境問題関連の広告は突出して大きく、政府広報も膨大な規模になっている。高齢者医療、介護、障害者支援、生活保護などの国民生活に直結する費目が容赦なく切り落とされているなかで、地球環境の名を借りた冗費が拡大している現状を検証しなければならない。

国内産業界、金融業界、監査法人・広告代理店・コンサルティング業界が、環境問題を利権争奪の場と位置付けている側面も強い。また、環境問題の衣をまとった原子力利用推進の動きが本格化していることにも注意を怠れない。

米国が急速に環境問題に強い関心を寄せ始めた裏側に、原子力ビジネス拡大の思惑があるとも指摘される。CO2排出量削減を目標に掲げると、原子力発電が相対的に推進されやすくなる論理の盲点に注意しなければならない。
「反ヲタク国会議員リスト」メモ
『第166回国会 決算行政監視委員会第一分科会 第2号』

高市(早苗)国務大臣

>ただ、青少年を有害情報から守るということについては、私は非常に強い意識を持っております。例えば、憲法の表現、言論の自由との兼ね合い等でいろいろな制約があったり、これまでも、国会の中だけではなくて、外でもたくさんの議論があったことは承知いたしております。ただ、私は、憲法で保障されている自由、権利というものは、公共の福祉に反しないという前提で守られているものであり、それが余りにも行き過ぎて子供たちの健全な育成を阻むようなものであってはいけない、このように思っております。


>憲法で保障されている自由、権利というものは、公共の福祉に反しないという前提で守られているものであり、それが余りにも行き過ぎて子供たちの健全な育成を阻むようなものであってはいけない、このように思っております。


度々、高市早苗大先生や規制論者から放たれるこの言葉ですが、まったくもっておかしな主張だと言わざるをえません。

公共の福祉 Wikipedia

第9回 <「公共の福祉」ってなんだろう?>

>そもそも近代の憲法は、国家権力に歯止めをかけて、国民の人権を守るために生まれました。ですから、憲法は「人権保障の体系」であるということができます。そしてここで人権を保障される国民は、あくまでも個人として尊重されなければなりません。「個人の尊重」こそが憲法の基本的な価値なのです。

中略

>皆さんは「公共の福祉によって人権が制限される」と聞くと、どのようなことを思いうかべますか。「社会の秩序や平穏という公共的な価値のために、個人はわがままをいってはいけない」というイメージを持ちませんか。または、「多数の人の利益になるときには、少数の人はガマンすべきだ」という意味だと感じませんか。

 実はこれらの理解は、正しいものとはいえないのです。

 仮に「社会公共の利益」といった抽象的な価値を根拠に個人の人権を制限できるとすると、「個人よりも社会公共の利益の方が上」ということになってしまいます。これでは「個人が最高だ」とする個人の尊重の理念に反してしまうのです。

 個人が最高の価値であるのならば、その個人の人権を制限できるものは別の個人の人権でなければなりません。つまり個人の人権を制限する根拠は、別の個人の人権保障にあるのです。


高市早苗大先生の解釈は、青少年の人権を保障するために自由権を制限してもいいとおっしゃっていることと思いますが、もしもその理屈で通すのであれば、こちらも自由権を制限することのほうがよっぽど公共の福祉に反する行為だと言わなければなりません。

青少年の人権が脅かされる根拠というのは、あらゆる表現において青少年が正しく育たない表現というものがあるから、それらを排除する目的で規制するという趣旨で言っておられることかと思いますが、実際その科学的根拠というものがなく、まったくもって疑問符がつく内容であることから、これらの規制を行っても効果があるのかどうか分かりませんし、青少年が健全に育つかどうかも分かりません。公共の福祉の人権保障の意味で考えるならば、それが青少年の保障になっているかも怪しいところです。

逆に規制によって自由権を制限されるほうは、公共の福祉という意味においては絶大な影響力をもたらします。法律というのは、日本に在住する全国民に適用されるものです。つまり法律という絶対的な支配力によって国民一人一人の公共の福祉が脅かされてしまうのです。

曖昧な人権保障によって、日本国民が自由権を奪われる。どちらが公共の福祉に違反しているかは言うまでもないと思います。よって高市早苗大先生が必死に連呼している公共の福祉の解釈は
詭弁もしくは誤謬だということになります。

青少年の健全な育成及び権利というものは、公共の福祉に反しないという前提で守られているものであり、ましてや、科学的根拠や必ずしも健全に育つという意味のものではないため、それが余りにも行き過ぎてあらゆる自由権を阻むようなものであってはいけない、このように思っております。

反ヲタク議員データベース(ひとまず)完成
どうやら完成したようですので、ひとつ検索でもやっちゃいますか。うわあ、いっぱいいますね。今大注目の小池 百合子先生も
こんな請願の紹介議員になってるようですし。ところで名前検索とかできるともっとうれしいな~なんて。無理いっちゃってすみません(^^;


関連記事

カウンセリングルーム:Es Discovery
言論・表現の自由と公共の福祉による人権の制限1:個人の自由(権利)と主体的倫理のバランス
言論・表現の自由と公共の福祉による人権の制限2:政府からの自由と政府による自由(保護)のバランス

基本的人権が公共の福祉によって制約されるケース

公共の福祉について述べよ

青少年社会環境対策基本法案についての見解
2001年3月21日
社団法人 日本図書館協会
表現弾圧 | 2008/09/12(金) 02:06
王様を欲しがったカエル
『崎山伸夫のBlog』で知るフィルタリングソフトの実体と雑感(1)
『崎山伸夫のBlog』で知るフィルタリングソフトの実体と雑感(2)

とりあえず警察母のリンク先に実際に飛んでみました。

社団法人東京母の会連合会
>住所 千代田区霞が関2-1-1 警視庁内

警視庁内wwwww

まったく隠す気はなさそうです。これだけ堂々としているってことはもうみなさん了解済みってことでよろしいですかね?
しかし正直これだけ繋がってるとはおもいませんでしたね。恐ろしいですわ。ほんとに。

Japan recruits romantic otaku geeks to revive economy
「日本は経済を再生しようとロマンチックなオタクを募る」

毎日新聞問題の情報集積wikiに掲載されましたね。これは知っての通り崎山氏が以前に言及されていた内容です。

崎山伸夫のBlog
ECPATはいかにしてユニセフをたらし込んだか

ついに大勢の目に触れることとなりました。これでECPAT東京が偽善を働いていることをみなさんに認識していただければ良いのですが・・・ ちなみに引用元と言われるWAIWAIの記事ですが、これまたひどい内容です。

>「必要品の市場と異なり、この『萌え』ビジネスの源は、人々が本当は入手しなくてもよい製品の売り上げです。
世の中には大金を趣味に投じる人がたくさんいて、彼らがもっと金を使う余地はもっとたくさんあります。」浜銀の信濃伸一はサンデー毎日に語る。


ほんとにこんなことを言ったのでしょうか。

>カドカワは、オタクはすでに、デリヘルというコールガールビジネスを支持することで、そんなに純粋じゃない愛の市場にすでに途方もなく大きい貢献をしていると付け加える。
デリヘルはおよそ一兆円の地下市場を生み出したといわれているそうだ。


なぜかオタクが支持したことになっています(笑)

>「1984年に施行された風俗産業の規制以来、趨勢はソープランド市場の縮小へと動いてきました。
[訳A]今では、売春業のもっとも人気のある分野は、高度に規制された淫売宿 (*1) や他の種類の性感マッサージのかわりに、デリヘルのコールガールに転換しました。」とカドカワはいう。[訳A終わり]
[訳B]今では、売春業のもっとも人気のある分野は、高度に規制された淫売宿 (*2) のかわりに、デリヘルのコールガールと他の種類の性感マッサージのかわりに転換しました。」とカドカワはいう。[訳B終わり]


いやロビーしてたのあなたたちですよね(笑)

>愛の何が、人々が苦労して手にしたお金を手放させるのだろう?
漫画家の倉田真由美は自分は知っていると思う。


>「すべての人にあてはまるというつもりはありませんが、人は財布の紐をといて衣服などを買うときに、あるぬくもりを得るのです。」と倉田はサンデー毎日に語る。(By ライアン・コネル)

?最後はうまくまとまった。あっぱれ!とでもいいたいのでしょうか?しかしながらひどい内容にかわりはありませんが・・・

ところでECPATがほんとにこの記事を引用していたのなら、頭が悪いにもほどがありますよね。正常な判断力が失われてる疑いがありますね。というかちょっとは自らの頭で考えて見てはいかがでしょうか?ああ、そうか、考えた結果がこれなんですね(笑)

愛のつるし一回転飛行機
児童ポルノ法改正(改悪)についての勉強会を開きます
すごい!こういったネットワークが草の根的に広がっていけば良いですね。弁護士を講師に迎えるなど本格的なものになるみたいです。広島在住の方は是非!

主催は「普通に暮らせる社会を守る市民ネット」です。

毎日新聞
ネットの教科書:「インターネット先進ユーザーの会」が公開 「授業で活用して」
毎日新聞にMIAUが掲載されるのははじめてではないでしょうか。この記事はMIAUのネットの教科書のことについて取り上げています。

インターネットリテラシ読本「”ネット”と上手く付き合うために」公開
対象年齢は青少年のようですが、大人の方にも十分通用する内容です。おすすめです。

寄付のお願い
そのMIAUは寄付を受け付けているようですので、趣旨に賛同できる方や持ち合わせがある方はよかったら。


関連記事

憲政会
【告知】児童ポルノ法勉強会(広島)
東京地検 vs. 公明党
公明党議員の口利き疑惑はもう隠しきれないぐらい有名な話になっていますが、それについての色々な予測が書いてある記事です。主にどうして公明党が早期解散総選挙を望んでいるのか。そのことについて書かれています。

今政界の動きがどうなってるのかは
このあたりこのあたりなんかをチェックしておけば、色々予想できて楽しいのではないかと思います。

あと吉田泉議員が児童ポルノ法についての見解を述べていらっしゃいます。コメントも書き込めるみたいですので、よろしければどうぞ。ただ、もうすでに問題点を書かれている方がいらっしゃいます。問題点を書いてくれた方々、ご苦労様でした。

吉田泉の国会だより
2008年9月の国会だより

※関連記事追加しました。(9月9最終更新)

池田信夫 blog
MIAU「後見人」になった公文俊平の正体

この記事に対して、津田氏、小寺氏がそれぞれのブログにてエントリーを起こされています。

音楽配信メモ
MIAUの後見人問題と池田信夫氏のブログ、今後について

コデラノブログ
ゼロと透明を証明する話

ちなみに池田氏は以前にもこのようなエントリーを起こされて公文氏を非難しています。

公文俊平という偽善者

そしてこの件に関してほとんどのみなさんが思っているであろう疑問点を書いてくれた方がいます。

切込隊長BLOG(ブログ)
池田伸夫氏がMIAUをぐちゃぐちゃにしている件について

ただ池田氏の仰ってることが事実だったとしたら、公文氏を後見人にしなくてよかったのではないかと思います。しかし、色々ありますね、ほんと(^^;

関連記事

ICHINOHE Blog
「先進ユーザ」が集う「場」としてのMIAU

la_causette
MIAUの法人化記念パーティ

備忘録ことのはインフォーマル
MIAU法人化記念パーティーに行ってきました

ものがたり
猫の受難

はんぷてぃ・だんぷてぃ
MiAU

la_causette
ネガティブ評価の賞味期限
※関連記事追加しました。(9月7日更新)

クリエーター支援&思想・表現・オタク趣味の自由を守護するページ
なぜ「受け手犯罪者化」は問題なのか 児童ポルノ禁止法と著作権法との連結性と監獄社会(1)
なぜ「受け手犯罪者化」は問題なのか 児童ポルノ禁止法と著作権法との連結性と監獄社会(2)
なぜ「受け手犯罪者化」は問題なのか 児童ポルノ禁止法と著作権法との連結性と監獄社会(3)

見て頂いたらお分かりになると思いますが、「受け手犯罪者化」に対して警笛を鳴らしていらっしゃいます。児童ポルノ法の民主党案はいわゆる購入罪、反復して取得が含まれているようですが、前例を作るという意味でも民主党案は非常に危険だと言わざるを得ません(与党案は論外です)

なにより一番危惧する所は、田中氏も仰るとおり元凶の元を捕まえられない所にあるのだと思います。「受け手犯罪者化」が進むと、人員がそこに集中してしまい、配布者がますます捕まらない事態となってしまうでしょう。

74か国が児童ポルノ一斉摘発、国内の数人を強制捜査へ

とりあえずこの記事が問題なのは以下の部分です。

>日本では法律で個人で集めるだけの「単純所持」は取り締まれないこともあり

集めることを単純所持とは言いません。ちなみに与党案は単純所持は違法化しますが、集めること(取得すること)は違法になりません。

>ファイル交換ソフトを利用した児童ポルノ提供の摘発は難しい。約60か国から「児童ポルノ動画の流出元」と指摘された日本人もおり、提供者の早期摘発を世界各国から度々要請されてきた。

提供者は現在の法律でも逮捕できます。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律

第七条
4  児童ポルノを不特定若しくは多数の者に提供し、又は公然と陳列した者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。電気通信回線を通じて第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録その他の記録を不特定又は多数の者に提供した者も、同様とする。
5  前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。同項に掲げる行為の目的で、同項の電磁的記録を保管した者も、同様とする。
6  第四項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを外国に輸入し、又は外国から輸出した日本国民も、同項と同様とする。


ところで日本での児童の定義は18未満です。恐ろしいですね・・・ ほんとに・・・

とりあえずこの記事を書いた記者は法律をまったく知らないでこの記事を書いたと思われるので、読売新聞での再教育をお願いいたします。

チラシの裏(3周目)
麻生=オタの味方と言う印象操作

止めろ!規制社会・監視国家ブログ版
麻生太郎の漫画博識は電車通勤リーマンの青年誌愛読者程度?

とりあえず気をつけたほうがいいのは確かなようです。

関連記事

ものがたり
児童ポルノ単純所持規制は「意に反する」ものに限定すべき

クリエーター支援&思想・表現・オタク趣味の自由を守護するページ
児童ポルノ所持罪と「自殺」の関係性 児童ポルノ摘発作戦「オペレーション・オレ」(記事内)

奥村徹弁護士の見解
74か国が児童ポルノ一斉摘発、国内の数人を強制捜査へ
>単純所持罪を持ち出すのはこじつけですね。ファイル交換ソフトで流すのは4項提供罪(不特定多数)とか公然陳列罪で検挙可能ですからね。現行法でも。技術的に特定困難だっただけです。

崎山伸夫のBlog
単純所持問題はいったいどう考えたらいいだろね?
日本ユニセフ協会の要望は子どもの権利を考えているのか?
表現を縛るのではなく悪意の行動を縛る方向へ
>18歳未満のティーンエイジャーに関しては、性的同意について年齢差で規制をかけている事例が多い。例えば2歳以内とか、4歳以内とか、5歳以内といったものを、段階に応じて広げていくアプローチだ。金銭などの報酬によらなくても、年齢差が大きいとコミュニケーション能力の違いなどから、問題のある同意に至りやすいということが規制の理由となる。例えば、13歳以上16歳未満は2歳以内、16歳以上18歳未満は5歳以内年上であえば合意とみなすが、それ以上の年上であれば法定強姦とみなす、という形がありうる。個人的には16歳以上の規制は必ずしもいらないのではないかと思うが、どの程度の線引きが望ましいかはいずれによ専門的な議論が行われないとなんともいえないと思う。カナダでは、2月に性的同意年齢が14歳から16歳に引き上げられたが、14歳以上16歳未満については年齢差規制という形になった
弁護士山口貴士大いに語る
ポスト福田康夫の最有力候補、麻生太郎氏はオタクの味方か?

今、このご発言が物議を醸し出しているようです。しかし私が気になるのは、なぜ今更このような発言を咎めるのかということです。

創作物規制反対の署名運動についての私見

ご本人に真意を聞いていないので分かりませんが、この方の仰るとおり、創作物の規制の有志団体(代表世話人含め)は「自称オタク」をターゲットにしていると思います。更に
名告知用のポスターに至っては、明らかにオタク(オタクを自負する人達)を意識しているものであり、私から見ても、とても一般層(ここでは自分はオタクではないが、創作物は普通に楽しめると心の中では思ってる方)をターゲットにしているようには見えません。 ※ちょっと修正しました。

とすれば、このような発言をすることは「予測できた」ことであり、この発言こそが真意なのだとしたら、致し方ないんじゃないかと思っています。

あと発言だけの問題にしているようですが、私から見れば、さきほどご紹介したあのポスターも、一般層が敬遠する元になるんじゃないかと思っています。あのポスターで創作物の規制はまだ百歩譲って分かるとして、単純所持規制は? さらに子供を守るとか言われても? ってな感じです。いわゆる萌え絵=オタクと認識している方は相当数いらっしゃるわけで。つまり発言を問題にするのなら、署名のアピールの仕方も問題なのではないか?こう思うわけであります。

勘違いしないでほしいのは、私も署名を送りましたのでこの有志団体には賛同しているということです。私はこのような発言をすることは「想定内」であったため、あえて批判は行いません。ですが、あえて本音を言わせて頂ければ、法律の動向によっては今後一般層も視野にいれなければならないような気がします。

※一般層というのはもちろん議員さんにも当てはまります。つまりあのポスターで「え?」と思う議員さんもいらっしゃるのではないかと思っています。

関連記事
王様を欲しがったカエル
空気の読めない人間は、どうやって政治活動をすればいいのか?

※私のコメントがありますが、あのときから考え方がかなり変わりましたので、「気にしないで」下さい(^^; あ、けど、びびってるのは今もあまり変わってませんけど(汗)別にびびってるからといって感想や批判等のコメントを拒否してるわけではございませんので遠慮なくどうぞ。当たり前ですが、びびるのを言い訳にするつもりは全くございません。 あの時は鳥山さんにご迷惑をおかけしました。謹んでお詫び申し上げます。

※関連記事追加しました。

チラシの裏(3周目)
麻生は過去漫画規制していた奴ですよw
りず氏に一票です。
全く仰るとおりで、売名行為に利用している線が濃厚です。心配しすぎなんじゃないの?と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。なぜなら、麻生太郎議員もまた、
勝共連合の一人だからです。

現職国会議員128人の「勝共連合・統一教会」関係度リスト

請願で一躍有名になった目見庄三郎先生もいらっしゃるようです。更に子供の為にとかいいながら規制を推し進めている議員さんもいっぱいいらっしゃいます。このようなメンツを見るからして麻生太郎議員が全面的に信用できるとは言えないのではないでしょうか?

しかし、なぜかくも民衆は踊らされてしまうのでしょう?その答えはこの方が明らかにして下さっています。

憲政会
オタクの人に自覚して欲しいのは、あなたは社会的弱者だと言う現実です
まさにこれですね。的を射ていると思います。やはりこういうことを日々意識して行動しないといつか足元をすくわれてしまうのだということです。

話はかわって、藤原興氏は闇の子供たちを見てきたようですね。その感想が以下のエントリーに載っています。

「闇の子供たち」感想

ああ、やっぱりねという印象です。ただ、
現地人が子供を一番多く買ってるというのは事実らしいので、あながち外れてるとも言えませんが・・・

小説のほうもただのポルノ小説のようです(笑)なるほど、
鳥山氏の仰ってた意味がよく分かりました。これをWユニセフ(笑)が、称賛しているのもすごい構図だと思います。

関係者も驚きの大ヒット作「闇の子供たち」、監督が撮影秘話を告白

ここで注目すべきは、阪本順治監督のこの言葉です。

>現場では、大人と子供を別々に撮影しましたので、タイの子役には醜い大人の裸体を見せていません。

醜い大人の裸体? これはどういう意味なのでしょう?子供の体はきれいだとか言うつもりなのでしょうか?それではまるでユニセフや某NGO団体が忌み嫌ってる小児性愛者そのものじゃないですか(笑)「ああ、この子は天使のようだ」とかそんなことをいうつもりなのでしょうか?
まあここは百歩ゆずって、比喩表現だということにしておきますが、なにか日本語おかしいですね。闇の子供たちを扱ってるということでこういうコメントにしたのでしょうか?というふうに置き換えておきます。しかしこまったことにもうひとつの可能性を見つけてしまいました。

醜い大人の裸体なんて表現は、【そういうことに】関わってしまう、あるいは興味を持っている人以外は、そんな表現は使いません。というか思いつきません。この表現は、児童買春をして捕まった方々の言動とよく似ているんです。その言葉とは、

「これはいけない事なんだよ。分かってる?」
「駄目だよこんなことやっちゃあ。親御さんが泣いてるよ」

このような事を言いながら行為に及ぶそうです。

どうでしょう?やっぱりね、意識しているのですよ。視聴者も含めて。ドキュメンタリーなどで、不治の病を患った方の特集なんかは、それがフィクションであろうとなかろうと、更に現実であればあるほど正視できる人とできない人がいるように、この映画だって「現実から目を背けないで」と言われても正視できない人はどんなことをやってもできません。あるいは【そういうこと】に興味のない人はどんなことを言っても視聴しないでしょう。

凶悪な子供の虐待事件の新聞記事などをネタに、マスターベーションをしている人がいるように、このような映画もどのような人達が観ているか分かりません。小児性愛者を忌み嫌っているユニセフはそのあたりのことを分かってて称賛しているのでしょうか?ユニセフは「フィクション」の映画を称賛する前にまずやるべきことがあるんじゃないかと思っています。


関連記事(9月3日更新)

弁護士山口貴士大いに語る
ポスト福田康夫の最有力候補、麻生太郎氏はオタクの味方か?
何回か当ブログにトラックバックして頂いてる匿名希望の時事ブログさんですが、以前このエントリーで取り上げた人身売買問題の米国務省2008年人身売買報告書のことで、匿名希望(で良いのですかね?)さんの時事ブログにて鋭いツッコミをされています。このような統計をとっていたのだとしたら、ライアン・コネル氏の記事から引用していないだけで、毎日新聞が関わっていた可能性は完全には消せないことになります。なんたって日本ユニセフの構成員がほぼ毎日新聞の出身者であらせられるからです(笑)さらにこういう事実も判明しちゃってる以上、やっぱり毎日新聞はアヤシイのではないでしょうか?

しかし、こういう資料もあてにできない以上、いったいなにを信じればいいのか分かりませんね。とりあえずそんなに子どもが大事なら、まずは捏造しないことからはじめれば良いのでは?普通子どもを守る事に対して、これだけの反対意見は出ませんよ。これだけでるということはやっぱりこの法案はオカシイからなんです。推進派の方にはそこをよく考えて頂きたいです。本当に子どもを守りたいと思うのなら。

匿名希望の時事ブログさんの鋭いツッコミを読んでみたい方は、お手数ですが、トラックバックから飛んで下さい。

なんかあやまってばかりですけど、更新遅くてすみません。今抱えてる問題を解決しない限り以前のように戻れないと思います。皆様さえよければこれからも末永くお付き合いいただければ幸いです。ここを見ていただいてる方やコメントを下さる方すべての方に感謝致します。

関連記事

「低俗過ぎ」記事問題の毎日新聞「Daily News」再出発 改めて謝罪
博士の独り言
映画「闇の子供たち」宣伝に思う

>「臓器移植」の虚実

 「小説」をもとにしたフィクションが混合された映画は、現実のドキュメンタリーとは異なる。肝心な事項が「不実」、すなわち「現実」とは異なっている場合には、むしろ、「映画」の命取りになりかねない。その「事項」の1つについて、現役の医師が否定しているインタビュー記事(「日経ビジネスオンライン」(8月11日付)がある。その中で、「映画では、子供の心臓移植とともに、臓器売買の問題を描いていますが、現実にはない、これは映画のフィクション部分というのは、どこなんでしょうか」と医師に質問している。

 この問いに対し、医師は云く、「まずはタイで、日本人が心臓移植を受けた例はないということですよね」と指摘している。また云く、「親だから、子供をなんとしても助けたいという思いはあっても、みんな我慢して死んでいっている。人を殺してまで、生きたい、生かしたいという親はいません」と。さらに、「もう一つ、心臓移植はリスクが高すぎて、儲けということでは成立しないかもしれない」と。それが現実では理由を挙げている。また、「心臓移植をしようと思ったら、心臓を止めている間に人工心肺の器械を動かしていないといけないし、手術するためにはたくさんの人がいる」と。「心臓移植」手術本来の難しさを指摘し、事項の非現実性を指摘している。

 さらに云く、「タイの外科医といえばエリートの人たちです。その人たちがいくらなんでも、そんな危ないことに手を貸すとは思えない。映画では、なんらかの事情があってということにしているけれど、そこは医療の現場にいる者の目からすると、映画のフィクションといえるでしょう」と述べている。その他の「映画の現実」の中での場面と、実際の現実との違い。医師のメンタリティについても語られているので、参考にできる記事でないか。

胚胎する「日本毀損」を見抜こう!

 重ねて申し述べて恐縮だが、シーンに挿入される「映画の現実」の事項が、現実と異なるのであれば、「この映画はフィクションです」、あるいは、「フィクションが含まれます」との注意書きが必要ではないか。

 上記に引用する、毎日新聞記事のの監督インタビューの中にはこうある。云く、「映画のラストも原作とは違います」と。原作(小説)とも内容が異なっている。その点についての問いに対して、監督はこう述べているくだりがある。云く、「阪本監督:たとえば、よその国のマフィアが関わっている、かわいそうな話という落としどころだったら、日本人の監督が何をもってそれをやりたかったのか、と突きつけられた時に僕自身が答えられない」と。さらに云く、「だから、日本人を(子供たちを)救出する側ではなく加害者として描くことで、われわれ日本人に“はね返ってくる”映画にしたかった。そうでないと、自分にはこの映画は撮れないと思ったんです」と。

 原作にも増して、「日本人を加害者として描く」。その性質にある「映画」であることが判る。喩えは悪いが、プロセスが重なるほどに、「現実」とはかけ離れて行くのである。それが「映画」である、と謂うならば、ことさらに、「フィクション」の注意、断り書きが必要である。しかし、毎日新聞の当該記事にも、また、日本ユニセフの協賛ページにも、その旨は明記されていない。

 何の「現実」から「目を背けるな」と云うのであろうか。



>事実を知る、また知らせることを「啓蒙」と謂う。これに対して、不実を信じる。不実を信じ込ませることを「洗脳」という。以って、上記の三者(原作者,日本ユニセフ,毎日新聞)による“労作”は後者に該当する。言葉は悪いが、世間に対して「イメージ作り」をしているに等しい。何の「イメージ」かといえば、「日本人は悪い」「日本人は加害者」である、との「イメージ」であり、それのイメージを共有するかのように、宣伝に紙面を割き、あるいはアピールしているに等しい。ここでも、また「毎日新聞」が登場する。良識は、「不実」英邁に見抜く「眼」をさらに養って行きたいものだ。短稿にて。


この映画は日本ユニセフや本家ユニセフが支援しなければ説得力のある映画になったことでしょう。しかしユニセフが支援したことによって、「闇の子供たち」は、評価の場を失ったように思います。もうお分かりだと思いますが、博士氏の

>事実を知る、また知らせることを「啓蒙」と謂う。これに対して、不実を信じる。不実を信じ込ませることを「洗脳」という。

この言葉は「闇の子供たち」に対しての強烈な皮肉となっています。もし「闇の子供たち」が、人身売買を取り扱った真実の映画であれば、その目論見は「失敗」したことになり、また博士氏の仰ったことを真実だと仮定すれば、その目論見は「成功」したことになります。更に「闇の子供たち」はエンターテインメントとして「成功」したことになり、この映画に賛同する本家ユニセフ、日本ユニセフは、「エンターテイナー」として「成功」したことになります。

さて、日本ユニセフの「エンターテイナー」としての定義はどこにあるのでしょうか? それはもちろん署名、あるいは署名の趣旨です。

「闇の子供たち」の製作者たちの目論見はとりあえずおいといて、「闇の子供たち」は人身売買を取り扱った映画です。それでは日本ユニセフが署名を行っている署名の趣旨とはいったいなんだったのでしょうか?

「なくそう!子どもポルノ」キャンペーン

↑このページをよく見てみましょう。必要なら
こちらこちらのページにも飛んでみて下さい。よろしければ「人身売買」と文字検索を行って下さい。どうですか?検索にひっかかりましたか?そうです。人身売買という文字にひっかかるワケがありません。なぜならこのキャンペーン自体人身売買を訴えるものではないからです。

つまり、「闇の子供たち」の趣旨と日本ユニセフが訴える趣旨とは全く違うものになります。このような乖離した状態で「闇の子供たち」を支援するといっても説得力がまるでないのは誰の目から見ても明らかです。

それでも署名をした方はいらっしゃるようです。たぶん署名をした方はそれがどんな目的で活用されるのか分からなかった、もしくは見抜けなかったのでしょう。ほんとうに残念でなりません。このような被害を防ぐ為にも、ユニセフに要求することは一刻も早く「闇の子供たち」から手を引くべきことだと思います。

【警告】
日本ユニセフは児童ポルノの単純所持を法律で禁止にしようと日々画策しています。しかしその内容は実は犯罪者を容認又は援護する内容のものでした。

児童ポルノを禁止にするのは、それ自体が児童虐待の副産物だからです。製作過程が問題であれば、市場に出る出ないの問題ではありません。しかしユニセフは信じられないコメントを残しています。

>私どもは、マンガ、アニメ、コンピューターゲームそのものを否定するものではありません。私どもが「なくそう!」と訴えているのは、『子どもポルノ問題に関する緊急要望書』の中に記したとおり、あくまで「欧米各国では法律等で禁じられている子どもへの性的虐待を描いた」(要望書前文5~6行目)ものであり、「子どもに対する性的虐待を性目的で描写した」(要望項目(1))ものに限定されます。性教育や性的虐待の事実を訴えるなど、「性目的」以外の目的で作成されたものは含まれません。また、性目的で描写した子どもポルノであっても、他人への提供を目的としない製造(例:自分自身の楽しみのために紙やPC上で描く行為)の禁止までも求めるものではありません。
※お問い合わせについてから引用しました。

>また、性目的で描写した子どもポルノであっても、他人への提供を目的としない製造(例:自分自身の楽しみのために紙やPC上で描く行為)の禁止までも求めるものではありません。

なんと犯罪者を容認すると言うのです。この理屈で行くと、「犯罪者は製作過程において問題があったが、他人への提供を目的としないということで私たちは罪としないことにしました。私たちは、どれだけ製作過程で犯罪を行おうとも、提供、配布をしなければ問題とは致しません。」と言っていることになります。

これが恐ろしいことに署名の趣旨なのですから、驚きを隠せません。更にこのキャンペーンには
様々な企業、団体顧問弁護士がついており、犯罪者を助ける名目でみんな一致団結してがんばっているという構図が成り立っていることになります。(事実この弁護士は同じ子供を助ける活動をしている奥村弁護士からこのように評されています。)

映画を見て共感を覚えた人は流れでユニセフの署名に行きがちですが、この署名は犯罪者を容認するものです。決して署名しないようにして下さい。

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第1598回「子どもたちの叫び」アグネス・チャン
2008/08/28 04:00~04:29 フジテレビ


アグネスさんの仰ってることは、私が理解力がないのか、聞く能力が備わっていないのか全く理解することができません。

>1998年にユニセフ協会大使に任命されタイに出向いたときのことです。目の前に広がるのは少女たちが買われていく現状でした。子ども達は一日10人ほどの客の相手をし、ほとんどがエイズに感染します。発病し仕事ができなくなった子は山に捨てられます。これを目の当たりにし、ユニセフ大使として各国に子ども達を守る法律作成を呼びかけました。

↑どうしてこれが

>日本でも1999年に法律が施行されましたが、現行の法律では児童のポルノ画像を所持しているだけの状態を取り締まることができません。その結果インターネットに児童の画像が氾濫しているのです。これらの画像が不特定多数の人々に見られるたびに傷つけられるのです。

↑こういう結論に至るのか日本ユニセフや、毎日新聞の関係者はどうかこの理解力のないmudanという人間に教えていただけませんか?

キリスト教についての下世話なQ&Aコーナー
キリスト教では同性愛はいけないんですよね?
序論:「聖書に書いてあるから」ということ自体が聖書に対する冒涜である。

>自分の主観に過ぎないものを、神の意志、聖書の意志であるかのように称するのは、自分で判断したことや発言したことに対して自分で責任を取らない事にもつながります。そういう人は、自分の判断に過ぎないものを、「聖書が言っている」と、聖書の権威を借りて正当化したりするのです。

>(5)歴史の文脈を無視するのは間違い。
旧約聖書の性倫理がこんな風になっているのには、社会的な背景があります。

古代のイスラエルは常に周囲の大国の領土争いの被害者であり、常に民族存亡の危機と戦っていたのです。殊に、BC586年にユダ王国が滅亡し、バビロン捕囚(新バビロニア帝国への強制連行)を経験して「ユダヤ人」となってからは、彼らは常に周囲の大帝国の占領下に服す歴史を重ねてきました。

そんな彼らが、民族の純血性を守ちつつ、人口の維持も図らなければならない。そのため、常時、他国民・他民族との緊張の中で、男性中心的なリーダーシップを重視し、異邦人との交流や異邦人の風習と思われるものをできるかぎり排除するというスタイルが生まれてきました。だから、例えば性に関しては、このような規定が出来上がっていったのです。

そんな固有の歴史的な文脈のなかでできてきた規定を、いま私たちが、全く異なる歴史的な文脈に生きていながら、そのまま自分たちの暮らしの秩序として生かすことが本当にできるでしょうか? そんなことが妥当でしょうか?

旧約聖書の人びとが、歴史的に、社会的に、必要があって彼らなりに掟を作り上げたのならば、私たちも私たちの歴史・社会を踏まえて、私たちなりに判断すればよいのではないでしょうか?

もし旧約聖書のこれらの掟を書いた人びと自身が、21世紀の日本人が彼らの掟をそのまま使用しようとしたら、困惑した表情で苦笑するのではないでしょうか? 彼らはそんなことを望んだり想定したりして、これらの掟を書いたとは考えられないことです。だいいち、彼らにとって私たちは「異邦人」なのですから、「日本人には関係ない」と感じるはずなのです。

ですから、旧約聖書の記事をとりあげて、「同性愛はいけない」というのは、実は根拠に乏しいナンセンスなことなのです。


レズビアンは同性愛者差別以前に女性として差別されている。

>それから、パート1で問題にした同性愛の禁止命令ですが、これは男の同性愛のことしか対象にしていないので、レズビアンのことなど頭にない律法です。
  
ややブラックな言い方をすれば、「女と寝るように男と寝るな」と言われたら、レズビアンにとっては望むところです。しかし、事態はもっと深刻です。
  
ここでは「性行為の主体」は男なのであって、女性が主体的に性を営むということは想定もされていないわけです。つまり、レズビアンが同性愛者差別の対象になる以前に、女性差別が横たわっているというわけです。


ここで出てくる聖書という言葉を、道徳や倫理と置き換えてみてください。これが通用するのは日本ユニセフがキリスト系カルト宗教だからです。色々読んでみれば分かりますが、ECPATやユニセフが同じキリストでも並外れておかしい(利用している)ことがよく分かります。

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プロフィール
 

mudan

Author:mudan
元販売業のはず。なんの知識もなかったはずだが、なぜか店長をまかされるにまで至る。

とある事情があって業界から引退したはずだったが、本業とは別にその後もこっそりと知人の事業に関わったりしているようだ。

最近は冷却期間をおいたこともあって、また業界に返り咲こうと画策している。

野球が好き。

座右の銘は ”思い立ったが吉日”


どうも個人的なサイトではなくなってきたような気がするので、責任感を持たせる為にプロフィールを今までよりも少しだけ情報公開してみました。

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