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今の状態で更新しようか迷いましたけど、色々なサイトを見つけてしまいましたので、とりあえず皆様にも見てもらいたいなと思い更新させて頂くことにします。

ちなみにタイトルですが、あえて児童ポルノと書かずにポルノと書いたのは、規制推進派の最終目標がポルノ撲滅だからです。あとタイトルをかっこよく決めては見ましたが今の状態では自分の考えをまとめることもままならない為、ほとんどサイトのご紹介のみとなってしまいますのであらかじめご了承下さい(っていつも通りかこれはw)

e-politics
児童ポルノ法改正
元政治学徒氏が運営していらっしゃる情報まとめサイトです。基本的に早川議員のブログ(コメント欄含む)に掲載された情報の再掲載からはじまり、新聞に掲載された記事、著名人の発言、質問に答えるQ&A等、数時間では読みきれないほどの膨大な情報があります。ぜひサイトにいかれることをオススメします。ちなみに、この方は早川議員のブログのコメント欄にて度々目撃することができます。

では本題に入ります。

規制に傾きつつある人、若しくは中立な人、或いは興味のない人でも、基本的には
こういう考えの人が(議員さんも含めて)多いんじゃないかと思います。


>二次元は・・・ 「被害者が無いんだから」って主張見ると、どうも違和感が。

>二次元の児童ポルノの問題は、世間に「なるほど子ども相手にセックスってのもアリなんだね」って雰囲気を作ってしまうこと、じゃないかな。

>少なくとも、エロゲを売ってるところに行くと、まずランドセルの女の子の絵が目についたりする、って状況はよろしくないと思うのよ。
実際にはエロゲにもいろいろあって、必ずしもロリものばかりじゃないのでしょうけれど、でもよく知らない人がああいうところにいったら、誤解されても仕方ないような状況じゃない?

あるいはネットのコメント欄に「ようじょ」がどーのこーのという書き込みがあふれる・・・ってのも。
自分が幼い女の子の親だったら、たとえその書き込みのほとんどが「場の雰囲気に流されてのノリ」だとわかっていても、それでもぞっとすると思うもの。
「万が一」があったら、取り返しがつかないんだから。

中略

>「(児童)ポルノを見てる人は、それで性欲発散してるのだから犯罪には結びつかない」って主張にも疑問を感じるのよね。

実際問題、アダルトビデオを見てさ、見終わってから「あーこれでOK。女なんかいらね」って思う人と、「あーやっぱり彼女欲しいよなー」と思う人、どっちが多いんだろう? 少なくとも「やっぱり彼女欲しい」がものすごく少ないってことはないと思うんだけど。

それにアダルトビデオ見せられて(パートナーに)「これと同じことがしたい」ってねだられたことのある女性って、それほどレアでもないと思うのよね。
(わたしはそれほど性的経験が豊富とは言えないけど、それでもそういう人に会ったことはある)

モノが「児童ポルノ」だったからって、行動パターンがこれと大きく違うなんてどうして言えるんだか?



一般の方の共通する認識として児童買春、ポルノ法案(以下児童ポルノ法)というのは社会的法益だと思われているということです。児童ポルノ法は児童を守る法案ですので個人的法益でなければならないはずですが、度々このような誤解が生まれてしまいます。そして気をつけなければいけないのは上記の方の発言が規制推進派の影響を受けているだけでなく、一部の規制反対派の主張の影響をも受けているということなんですね。つまり一部の規制反対派の主張が規制推進派の主張を後押ししているということを自覚しなければいけないということです。このようなことにならない為にも規制推進派(中立派)の主張は逐一分析しておかなければなりませんね。

さて、規制推進派の主張を後押しているといいましたが、その主張とは一体どのようなものでしょうか?




-----※------

永山薫・昼間たかし編著
『2007-2008マンガ論争勃発』


>しかし、「被害者がいない」という議論は一つの反論にあいます。

 実はいまからあげるのは児童ポルノに限定した話ではなかったのですが、十年ほど前、「アダルトゲーム」のことについて書いた「赤旗」の記事をぼくが読んでいたときのことです。そこには“女性をレイプしたり奴隷的に調教するゲームでは、女性一般の人権がおびやかされているのだ”というむねのことが書いてありました。
 はっきりと記事を特定できないので、正確な表現ではないのですが、「女性一般の人権」という考えにおどろきました。ある一人の女性の人権じゃなくて、女性一般=全体の人権という考え方です。「おどろく」っていうのは、批判的もしくは肯定的なニュアンスじゃなくて、単にそういうとらえ方をぼくが知らなかったということなんです。

中略

>「私はポルノグラフティによる被害を『制作被害』『消費被害』『社会的被害』の3点で考えます」(中里見)
「制作被害とは、文字どおりAVなどの制作現場で生ずる出演女性に生じる直接的な被害のこと。消費被害とは、ポルノの描く集団に属するそのほかの個人に間接的に生ずる被害のこと(つまりポルノを繰り返し使用した男性による性犯罪・性暴力の被害を女性が受けること)。そして、社会的被害は、ポルノの描く特定集団の地位が二級市民化し、差別の対象になることと定義される」(昼間たかしの解説)

 この分け方は、問題を整理する上でとても大事だと思います。なぜなら、しばしば混同・混乱して問題が扱われているからです。
 まず漫画やアニメの場合、制作被害がないことは、中里見も認めます。そのうえで、「ポルノを繰り返し使用した男性による性犯罪・性暴力の被害を女性が受けること」と昼間がまとめている「消費被害」が焦点になります。予想どおりの反応として、インタビュアーである昼間は、中里見に対して、漫画やアニメで犯罪の原因とされた判例や科学的研究はないんじゃないですかとツッコミます。
 これにたいする中里見の反論は、誘発させるという研究もないが、させないという研究もない。でもこれだけ性犯罪がおきている世の中であふれるポルノが絶対に因果関係がないといえますか、というものです。


杉田聡『男権主義的セクシュアリティ』

「あなたを信頼していたけど、あなたまでポルノを見ていたなんて死にたくなった。死ぬ。世の男性とあなたのせいで死ぬことにした」

ぼくが「アダルトビデオ」を見たことがある、とある女性に言ったら、こう言われた。

 彼女は、同じサークルで、しかも「進歩的」とおぼしき人々が集まる場所で、男性たちの手によって水着の女性のグラビアが載った雑誌が無造作に放っておかれることに、どうしようもないほどの不快感をおぼえていた。
 その女性から聞かれたので、ぼくも正直に答えた。「街を歩いている女性に劣情をもつことがあるか」、「ある」。自分もそんなふうに欲情されている対象だと思うと反吐が出る、と彼女は言った。

 男たちは彼女に問いつめる。
 「じゃあさ、ポルノって、グラビアアイドルもダメなの? 頭のなかで妄想するのもダメ?」
 彼女は怒る。
 「男は、すぐそうやって、『境界』を持ち出す。境界のあいまいさやグレーゾーンに逃げ込む。数少ない反証を見つけては勝ち誇る。あるいは、すぐ女性に聞く。『これはダメ?』『あれは?』って。自分で考えろ!」
 彼女は本気で怒っている。
 「世のすべての男性に絶望した。まだしもましな男性がいるんだ、と思える最後の糸があなただったが、あなたもしょせん『男』だった。男はすべて敵だ」

>「女性をおとしめるポルノとは、『性行為において女性が、男の性的要求にヒステリックに反応するものとして描かれ、言葉で虐待・支配・卑しめられ、一般に身体的特質以外には何ら人間的性質をもたない玩具(おもちゃ)として扱われ(る)」ようなものをさす(Check&Guloien 163)」(p37)

>「女性がモノではなく、固有の意志や主体性をもつように描かれたとしてもポルノが与えるメッセージはイデオロギー(虚偽意識)である。これを見る男性たちは、これがしばしば本来の虚偽(デマゴギー)であることに気づかないことが多い。女性もまた同様である」(p39)
「ポルノにおいて、女性たちはいつもセックスしか念頭にないかのように描かれる。そして女性は男の性的働きかけにただちに反応する」(p39~40)
「ポルノは強姦をエロチックなことであり、性的に楽しめ、興奮できるものとして描くが、それによって男本位の『セックス』や強姦・性暴力を扇動する」(p43)

>「ポルノを見ることは、それ自体女性支配の行動であり女性支配の実現である」(p48)
「素材が生々しくリアルであればあるほど喚起される情動は強烈であり、視聴者は、ポルノに登場する女性の性的モノ化と虐待・陵辱を(喜びつつ、もしくはいやいやながらも)楽しみ、それに参加し、強姦者の視線で当の女性をみずから性的にモノ化し陵辱してしまうのである」(p49)
「女性の性的モノ化と陵辱は、実は視聴者自身の行動となる」(p50)


マンガ表現における児童ポルノ規制問題の基礎研究

>それでは、なにゆえにマンガ表現における児童ポルノは規制されねばならないのか。児童ポルノ禁止法の条文には「児童の権利を著しく侵害することの重要性にかんがみ」云々とあるが、実在の児童をもたないマンガ表現においては児童の権利侵害はありえない。したがって、同法によってマンガ表現を規制することはできない。実写性の高い絵画などを別にすると、写真やビデオなどとは異なり、マンガには規制を受ける正当な理由が存在しないのである。ところが、一見完璧に思われるこのロジックだけでは、規制の渦の発生を食い止めることはできなかった。なぜだろうか。児童ポルノはそれを消費した人間に悪影響を与えるという信念が存在するためである。

 一般に、人がポルノグラフィーを消費することで生じる影響については複数の説がある。代表的なものとして浄化効用(カタルシス)説、模倣説などがあるが、それらのうちどれが正しいのかについては研究者の間で定まった評価があるわけではない。[9]ポルノグラフィーの解禁が社会全体にとって利益をもたらすのか不利益をもたらすのかについては、実のところよく分かっていないのである。しかしこのような科学的根拠の有無にかかわりなく、ポルノ消費は悪徳であり犯罪を招き易いと見なされる傾向をもっている。本件についても、「児童の人権保護」というスローガンの背後に、このようなポルノ有害論の潮流の影響が薄っすらと見え隠れしているのが分かる。マンガ表現が規制の対象に含められようとしたのも、こうした潮流の影響があってのことだと考えてよいだろう。

中略

>有害コミック問題というのは、1990年から始まった成年向けマンガ規制のキャンペーンのことである。きっかけの一つに東京都生活文化局が発表した「性の商品化に関する調査研究」があったことで、フェミニズムにおける反ポルノ運動の影響から説明されることもあるが、その元にあったのは青少年を持つ親世代による草の根的な住民運動であった。つまりこの運動は、ありていにいえば、子どもを持つ母親たちによる悪質な性表現から子どもを守るための運動である。

 このとき焦点となっていたのは、「子どもにポルノコミックを見せてよいものか」ということであった。このように書くと、一見、「子どもがポルノグラフィーになってよいか」という児童ポルノ規制の文脈と重なる部分はないかのように思える。しかし事実はそうではなかった。児童ポルノという言葉こそ出ていないものの、この時点で既に「マンガにおいて子どもが性的対象となること」を非難する視点は存在していたのである。 

 例えば有害コミック問題のきっかけとなった、和歌山県田辺市の住民運動の担当者は次のように語っている。


  福本 結局、私らは何も難しいこと言ってるんじゃないんです。少年少女をモデルにした、ああいう本だけは親として何とかしてもらいたい。

  丁子 とにかく、大人が保護しなければならない子供をモデルにセックスさせることだけはやめてほしい。


 一読して明らかなように、少年少女がモデルとなっている性描写を規制したいという気持ちが露骨に表れている。これは子どもの健全育成という観点とはあまり関係のない、子どもを性的な領域に引き込むことそのものへの反発である。「子どもは無垢でなければならない」いうイデオロギーがそのまま表出したもの、と表現することも可能だろう。客観的に見ると、「子どもが成年向けマンガを消費してよいか」という問題と「成年向けマンガにおいて子どもが描かれてよいか」という問題とは、別々に論じられるべきもののように思われる。しかし両者は「子どもを性から排除する」という観点から見れば同種の問題であり、実際そのような見方によってこの二つの規制運動が生じた可能性も考えられる。[21]有害コミック問題と児童ポルノ規制問題とは同根なのかもしれないのだ。

中略

>無論、規制推進派に加えられる児童の人権団体も、他のメディアとマンガとをまったく区別していないわけではない。規制反対派の主張に対抗すべく、これらの団体もマンガ表現の規制を肯定するために独自のロジックを持ち出しているのだ。

 例えば、とあるゲーム雑誌に掲載された「エクパット/ストップ子ども買春の会」共同代表へのインタビューでは、「実在する児童が存在しないマンガでは人権侵害が起きない」という規制推進派のロジックに対する反論が示されている。


「もうひとつは、実在する子どもの権利を守るものと同時に、集団としての子供の権利を守るという点について、我々は大変関心があったのですが、残念ながらいまの日本では法理論的に一般的でないこともあり、具体的な条文にできませんでしたし、実際の運用面でも守られていないと思います。」

表現されている子供が実在しているかどうかではなく、子供を性的な対象=モノとして扱うべきではないということです。もちろん子どもの性的な自己決定権は当然の権利として認めますが、そのことと子供を描いたポルノ作品が世に出回ることとは別の問題です。子供を性的虐待の対象として描いた児童ポルノは、子供をそういう対象として使用していいんだという意識を一般化したり助長することにもなりますので、そうした表現は、実在の子供を対象としたものに限定することなく禁止するべきだと思います。」

>ところで、APP研のようなフェミニズム団体にとって、児童ポルノは単にポルノグラフィーの一ジャンルに留まるものではない。その理由は簡単であり、小児性愛というセクシュアリティ自体が男性による女性の支配という図式にあてはまりやすいからである。小児性愛が、ちょうど「強い男性が弱い女性を搾取する」という文章の「男性/女性」という部分を「大人/子ども」に入れ換えたようなものとして映るからである。その意味で、小児性愛は家父長制を象徴する性的指向とされているのだ。[33]

>[33] 例えば先述したポルノ・買春問題研究会の公式サイトには、次のような文章が掲載されている。「現代社会の男性の支配的セクシュアリティは、支配と従属を核心としています。とするならば、最も無力で受動的(とくに男性の妄想の中では)で抵抗力が弱く支配しやすい対象としての少女との性的行為を妄想することは、この支配的セクシュアリティの核心部分と完全に合致しており、その意味で、「潜在的には成人男性のかなりの割合を占めている」とみなすのは、きわめて合理的な推論であると思います。」(APPの公式サイトより http://www.app-jp.org/voice/2002/02.08.06.html)これは現代社会における男性のセクシュアリティが、必然的に小児性愛へと向かうベクトルをもっているという指摘である。


-----※------

(この論文はリンク元にアクセスして全て読まれることをおすすめします。)

なんというかここまでくると憎悪というか怨念みたいなものを感じませんか?まあ結局規制推進派の言いたいことは本エントリーのタイトルのようなことが言いたいのですね。でもこの人たちの言ってることは大事な部分が抜け落ちています。それは自己決定権を無視しているということです。(ただし児童は例外)これを無視している時点で人権侵害とか建前でしょう。さらに創作物規制にいたっては言うまでもありません。



突然ですが、体調がヤバくなってきたのでこの辺で中断させて頂きます。すいません。最後に、ポルノは商業的性的搾取ではない。と鳥山さんが明確に否定なさっています。

王様を欲しがったカエル
児童ポルノQ&A(1)
児童ポルノQ&A(2)

>Q:一八〇六年のフランスといえば、ナポレオン一世の治世下だったはずですね。他のヨーロッパ諸国では、ポルノグラフィは盛んに流通していたのですか?
A:当時のポルノグラフィの生産量を調査した研究によると、フランス革命を経験したばかりのフランスと、それ以前にイギリス革命を経験したイングランドの2国が、ポルノ生産大国として挙げられています。
 その反対に、農奴制が維持されていたロシアや、家族主義が重視されていたオランダでは、印刷物を大量に生産する技術があったにも関わらず、ポルノグラフィがほとんど作られていません。この一事をもってしても、ポルノが個人主義的な社会制度なしでは成立しないことが理解できます。つまり、左翼思想家の一部、特に左翼系のフェミニストが「ポルノは商業的・性的搾取である」と語っていることは、歴史的事実に照らし合わせると嘘だということです。

Q:性的搾取とは、一体どのような状況を指すのでしょうか?
A:マルクス系左派の学説によれば、搾取とは「階級社会において、生産手段の所有者が生産手段をもたない直接生産者から、その労働の成果を無償で取得すること」で、性的搾取とは左派系のフェミニストが、この概念を男女の関係に援用したものです。従って、性的搾取とは社会的に強い立場にある男性が、弱い立場にある女性に対して、性的な価値を奪い取る行為、ということになるのですが、こうした概念が単なる妄想でしかないことは、先ほどの説明で明らかでしょう。
 農奴制を維持する社会や、父親を中心とした家族制度を重視する社会の方が、女性に対してより差別的であることは、改めて説明する必要性すらありません。もしも、ポルノが性的搾取の結果であるとするのであれば、啓蒙主義に則って革命を起こしたイギリスやフランスよりも、オランダやロシアでポルノが大量生産されていなければなりません。このため、後述しますがフェミニストのポルノ批判やポルノ論には一貫性がなく、しかも破綻しているケースが散見されます。

(商業的性的搾取だけ抜粋させて頂きましたが、子供の場合だとどうなるかや、架空の創作物の場合だとどうなるか等かなり詳しく書いてあるのでサイトに直接アクセスして頂いて全て読まれることを強くオススメします。あと申し訳ないですがコメントのご返信はまた後日させて頂きます。)
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コメント

つまり児童ポルノ批判の根本にはポルノ批判があるということでしょうか?
2008/12/06(土) 22:46 saba URL [編集]

mudanさんお体大丈夫ですか?
あまり無理をなさらないようにして下さいね。

規制派の主張は色々破綻している部分が多いと思いますが、そこまで深く考えていない一般人には「ポルノ禁止!」というスローガンは賛同しやすいものではありますね。
どうしても性というものは後ろめたいとかけしからんという感覚が一般にありますし。
そこに子供の人権を持ち出せば、普通反対する理由は無くなってしまいます。
いくら私たち反対派が規制派の欺瞞や民主主義の理念だ憲法だを持ちだしても、「ポルノ禁止!」という判り易いスローガンを打ち崩して一般人の賛同を得るのは難しいと思います。
こちらも「ポルノ禁止!」を上回る何か判り易く感情に訴える対案を出せないものかと思います。
まあ、そんなものがあれば既に誰か考えてるでしょうけど・・・
ただ、今の反対活動の方向性ではこの厳しい情勢は覆せないような気がします。
2008/12/07(日) 03:22 jumbo URL [編集]

sabaさん コメントありがとうございます。

>つまり児童ポルノ批判の根本にはポルノ批判があるということでしょうか?

そういうことです。「男尊女卑」(ラディカルフェミニスト)「純潔思想」(アジア系キリスト団体)が「性の商品化」に対して非難しているということです。児童の安全なんて考えていません。
2008/12/09(火) 22:22 mudan URL [編集]

jumboさん コメントありがとうございます。

>mudanさんお体大丈夫ですか?
あまり無理をなさらないようにして下さいね。

ほんとご心配をおかけして申し訳ありません。ただ書き込む時は解熱剤を飲んでいますので、効いているうちは大丈夫です。ただ言語がうまく表現できていないかもしれませんのでその時はツッコミのほうよろしくお願いします(^^;

とりあえず世論を無視するのであれば方法はあるのですけどね。要は立法府をなんとかすればいいのですから、国会議員の考えを反対寄りにしてしまって、さらに元凶の元である規制団体のロビー活動を邪魔してしまえばいいんです。国会議員は票がほしいのですから地元の議員さんにアピールしてみるのもいいですね。さすがに一票に直接つながる国民の意見は無視することはできないでしょうから。

規制団体に関してはお金が集まりにくくさせる方法が最も効果的ですね。お金がないと活動できませんからね。特に日本ユニセフは(笑)

しかし経団連が反対に動いてくれれば一気に状況は改善するのですけどね。ってそりゃ無理な相談でした(^^;

っと色々考えて見ましたけどどれも実行するのは大変ですね。でもなんとか少しずつでも実行できるように努力してみます。そういや請願出しまくるというのは有効なんでしょうかね?署名の数じゃなくて請願の数が有効なのかもしれませんね。
2008/12/09(火) 22:45 mudan URL [編集]







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プロフィール
 

mudan

Author:mudan
元販売業のはず。なんの知識もなかったはずだが、なぜか店長をまかされるにまで至る。

とある事情があって業界から引退したはずだったが、本業とは別にその後もこっそりと知人の事業に関わったりしているようだ。

最近は冷却期間をおいたこともあって、また業界に返り咲こうと画策している。

野球が好き。

座右の銘は ”思い立ったが吉日”


どうも個人的なサイトではなくなってきたような気がするので、責任感を持たせる為にプロフィールを今までよりも少しだけ情報公開してみました。

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